はじめに
2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されて以来、「プログラミング的思考」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、多くの保護者の方が「うちの子にはまだ早いのでは?」「難しそうで何から始めれば良いかわからない」と感じているのではないでしょうか。
実は、プログラミング的思考は特別な技術や知識を必要とするものではありません。お子さまが日常生活で自然に行っている「順序立てて考える」「試行錯誤する」「効率的な方法を見つける」といった思考プロセスそのものなのです。
本記事では、文部科学省の定義をもとに、幼児期のプログラミング的思考について詳しく解説し、ご家庭で今すぐ実践できる具体的な方法をご紹介します。
プログラミング的思考とは何か?
文部科学省による正式な定義
文部科学省は、プログラミング的思考を「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」と定義しています。
簡単に言い換えると、目標を達成するために必要な手順を論理的に考え、最適な方法を見つけ出す思考力のことです。
プログラミングとプログラミング的思考の違い
多くの方が混同しがちですが、「プログラミング」と「プログラミング的思考」は全く異なります。
項目 | プログラミング | プログラミング的思考 |
---|---|---|
定義 | コンピューターへの具体的な指示(コーディング) | 物事を順序立てて考える思考方法 |
対象 | コンピューター技術 | 日常生活全般 |
目的 | プログラムを作成すること | 問題解決能力を身につけること |
必要な道具 | パソコンやタブレット | 特別な道具は不要 |
プログラミング的思考は「プログラミング」とは異なります。プログラミングは、あくまでコンピュータに指令を与えるときに使う方法の一つで、考え方ではありません。
論理的思考との違い
プログラミング的思考と論理的思考も似ているようで、実は重要な違いがあります。
論理的思考:物事を筋道立てて、抜け漏れなく考える思考法 プログラミング的思考:目標達成のために、効率性を重視して最適な解決策を考える思考法
論理的思考では「すべての項目を網羅して考える」のに対し、プログラミング的思考では「目標達成のために効率的な手段を考える」となり、生産性を重視しているのがポイントです。
なぜ幼児期からプログラミング的思考が重要なのか?
未来社会で求められる必須スキル
ICT(通信技術)の発達がめざましく、将来的にもこの流れはさらに加速していくだろうと考えられているのが現状です。そういったなかで新しい技術を使いこなせるようになるためには、さまざまなことに柔軟に対応できるプログラミング的思考が求められています。
現代社会では、AIやロボットが多くの業務を担うようになりました。そんな時代だからこそ、人間にしかできない創造的で論理的な思考力が重要になります。
幼児期に身につけるメリット
1. 思考の柔軟性が高い時期 幼児期は脳の発達が最も活発な時期です。この時期に論理的思考の基礎を身につけることで、将来の学習に大きなアドバンテージを得られます。
2. 遊びを通して自然に習得できる プログラミング的思考って、もっと身近なもので、私たちが普段の生活で無意識に使っている力なんです。幼児は遊びの中で自然にこの思考を身につけることができます。
3. 小学校での学習準備 2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されています。幼児期から基礎を身につけておくことで、スムーズに学習に取り組むことができます。
プログラミング的思考で身につく5つの力
1. 分解力(物事を細かく分ける力)
複雑な問題を小さな部分に分けて考える力です。
具体例:「お片付け」という大きな課題を
- おもちゃを種類別に分ける
- それぞれを決められた場所に戻す
- 最後に全体を確認する というように小さなステップに分解します。
2. 抽象化・パターン認識力
似ているものをまとめて考える力(抽象化・一般化する力)です。
具体例:「ドッジボール」と「バスケットボール」は違うスポーツですが、どちらも「ボールを投げる」という共通点があることに気づく力です。
3. 組み合わせ力(アルゴリズム的思考)
効率的な手順を考える力です。
具体例:朝の支度を効率よく行うために
- 着替えをしながらテレビを見る
- 歯磨きと洗顔を同時に済ませる
- 朝食を食べながら今日の予定を確認する といった順序を考えます。
4. 評価・改善力
うまくいかなくても工夫して直せる力(問題解決力)です。
具体例:積み木がうまく積めない時、「もっと大きいブロックを下にしよう」「重心を考えて積もう」と改善策を考える力です。
5. 一般化力
学んだパターンを他の場面に応用する力です。
具体例:料理の手順で学んだ「準備→実行→片付け」のパターンを、工作や勉強にも応用できる力です。
日常生活でできる実践方法
1. お手伝いを通して学ぶ
洗濯のお手伝い例
洗濯の手順を大まかに分けると、4つに分かれます。では、プログラミング的思考で考えるとどうなるでしょうか?洗濯の目的は、「汚れた服を洗濯機で洗う」
- 分析:どの服が洗濯できるかチェック
- 分解:色物と白物を分ける
- 実行:洗剤を入れて洗濯機を回す
- 評価:きれいに洗えたか確認
- 改善:汚れが残っていたら再度洗う
料理のお手伝い例
プログラミング的思考は、効率良い段取りを考えながら料理を作ることでも身につきます
カレー作りを通して:
- 目標設定:おいしいカレーを作る
- 材料準備:野菜、肉、カレールーを用意
- 工程管理:野菜を切る→炒める→煮込む→味付け
- 並行処理:煮込んでいる間にお米を炊く
- 品質確認:味見をして調整
2. 遊びを通して学ぶ
ブロック遊び
ブロック遊び:創造力と空間認識力を養う
- 設計図なしで自由に作らせる
- 「どうやって高く積むか」を一緒に考える
- 崩れたら「なぜ崩れたか」「どうすれば丈夫になるか」を話し合う
お絵描き
お絵描き:順序立てて考える力を育む
- 「何を描くか」を決める
- 「どこから描き始めるか」を考える
- 「どんな色を使うか」を計画する
- 完成後「どこが良かったか」「次はどう改善するか」を振り返る
カードゲーム・ボードゲーム
カードゲームやボードゲームは達成すべきゴールが明確で、予め決められたルールの中で他のプレーヤーとの駆け引きや試行錯誤をしながらクリアを目指すので、プログラミング的思考を楽しく学ぶことができます
おすすめゲーム:
- すごろく:ゴールまでの戦略を考える
- 神経衰弱:記憶と論理を組み合わせる
- パズル:部分と全体の関係を理解する
3. お出かけ・お買い物で学ぶ
お出かけの計画立て
目的地:公園
- 情報収集:天気予報をチェック
- 準備計画:持ち物リストを作成
- ルート検索:最短・最適な道筋を考える
- 時間管理:出発時間と帰宅時間を決める
- リスク管理:雨が降った時の代案を考える
お買い物での実践
料理で、スーパーのお買い物で……日常には「プログラミング的思考」を身につけられるチャンスがたくさんある
- 買い物リスト作成:必要なものを整理
- 予算計算:使える金額を決める
- 効率的な回り方:店内での最短ルートを考える
- 比較検討:価格と品質を比べる
- 結果評価:計画通りに買い物できたか振り返る
年齢別アプローチ方法
2-3歳:感覚的な体験を重視
この時期の特徴
- 言葉よりも体験で学ぶ
- 真似をすることが大好き
- 「なぜ?」「どうして?」が増える時期
実践方法
- 単純な手順を一緒に行う(手洗い、歯磨きなど)
- 「まず○○して、次に××する」という流れを体験させる
- 失敗を怒らず、「どうしたら上手くいくかな?」と一緒に考える
4-5歳:論理的思考の基礎づくり
この時期の特徴
- ルールを理解し、守ることができる
- 原因と結果の関係を理解し始める
- 計画を立てて実行できるようになる
実践方法
- 簡単な工作で設計→制作→評価のサイクルを体験
- 「if-then」の関係を意識させる(「もし雨が降ったら傘を持つ」)
- 複数のステップがある活動に挑戦(お菓子作り、園芸など)
5-6歳:小学校準備期間
この時期の特徴
- 抽象的な概念を理解し始める
- 長期的な計画を立てられる
- 他者との協力ができるようになる
実践方法
- より複雑な問題解決に挑戦
- 「なぜそう思うのか」理由を説明させる
- グループでの活動を通して、役割分担や協力を学ぶ
家庭でのサポート方法
保護者が心がけるべきポイント
1. 答えを急いで教えない
お子さまが困っていても、すぐに答えを教えるのではなく、一緒に考える時間を大切にしましょう。
良い声かけ例:
- 「どうしたら上手くいくと思う?」
- 「他にはどんな方法があるかな?」
- 「なぜそう思ったの?」
2. 失敗を学びの機会として捉える
プログラムは最初から完璧には作れませんが、何度も試行錯誤することで、だんだんとできるようになります
失敗した時こそ、プログラミング的思考を鍛える絶好のチャンスです。
3. プロセスを言語化する
お子さまが何かを成功させた時、「どうやってできたの?」「次はどこを気をつける?」と振り返りを促しましょう。
4. 日常の「なぜ?」を大切にする
お子さまの疑問に対して、一緒に調べたり、仮説を立てたりする習慣をつけましょう。
環境づくりのコツ
1. 試行錯誤できる環境
- 失敗しても大丈夫な材料を用意(新聞紙、段ボール、粘土など)
- 時間に余裕を持った活動計画
- 「やり直し」ができる雰囲気づくり
2. 思考を可視化する工具
- ホワイトボードや大きな紙
- 付箋やマーカー
- タイマーや時計
3. 多様な体験機会
- 図書館や科学館への定期的な訪問
- 自然体験活動
- 工作やものづくり体験
専門家からのアドバイス
幼児教育の専門家が語る重要性
幼稚園教育要領(文部科学省 2017)や幼児期の終わりまでに育って欲しい姿(文部科学省 2016)には、プログラミング的思考の基礎になる技能を育むための要素が散見される
専門家によると、幼児期のプログラミング的思考育成には以下の4つの技能が重要とされています:
- 比較する力:複数のものの共通点や相違点を見つける
- 関連付ける力:異なる情報同士のつながりを理解する
- 総合する力:バラバラの情報をまとめて新しい理解を作る
- 思考の過程を示す力:自分の考えを他者に説明する
編集部体験談:実際に試してみました
編集部員Aの体験談(4歳の息子と)
「息子と一緒にカレー作りに挑戦しました。最初は野菜を切る順番もバラバラで、『なんで玉ねぎを最後に切るの?』と聞かれて答えに困りました。でも一緒に『どの順番が効率的かな?』と考えることで、息子なりに『硬いものから切る』というルールを見つけました。3回目には私よりも効率的な手順を提案してくれて、成長を実感しています。」
編集部員Bの体験談(5歳の娘と)
「娘とお片付けの『システム』を作りました。おもちゃを種類別に分けて、それぞれに専用の箱を用意。最初は『めんどくさい』と言っていましたが、『どうしたら早く片付けられるかな?』と一緒に考えることで、娘なりの工夫を始めました。今では友達が来た時に『うちのお片付けシステムすごいでしょ?』と自慢しています。」
よくある質問と回答
Q1: うちの子はまだ3歳ですが、早すぎませんか?
A1: 3歳でも十分可能です。特に小学校低学年の頃から遊びを通して自然に身につけさせてあげられると理想的とされています。年齢に応じたアプローチで、無理なく始めることが大切です。
Q2: パソコンやタブレットは必要ですか?
A2: プログラミングの体験は、パソコンやタブレットなどの電子機器を使わなくてもできます。日常生活の中で十分に育むことができます。
Q3: 子どもが興味を示さない場合はどうすれば?
A3: 無理強いは禁物です。お子さまの興味のある活動(お絵描き、ブロック遊び、ままごとなど)の中にプログラミング的思考の要素を自然に取り入れてみてください。
Q4: 効果が出るまでどのくらいかかりますか?
A4: プログラミング的思考は、短時間の授業で身についたり、急激に伸ばしたりできるものではないとされています。継続的な取り組みが重要で、数ヶ月から1年程度で変化を実感される方が多いです。
まとめ:今日から始められること
プログラミング的思考は、決して難しいものではありません。お子さまの「なぜ?」「どうして?」を大切にし、一緒に考える時間を増やすことから始められます。
今日から始められる3つのステップ
ステップ1:観察 お子さまの日常の行動を観察し、既にプログラミング的思考を使っている場面を見つけましょう。
ステップ2:声かけの変化 「ダメ」「違う」ではなく、「どうしたら上手くいくかな?」「他にはどんな方法があるかな?」という声かけに変えましょう。
ステップ3:一緒に考える時間を作る 1日10分でも良いので、お子さまと一緒に何かを計画したり、問題を解決したりする時間を作りましょう。
最後に
プログラミング的思考は、将来どのような進路を選択しどのような職業に就くとしても、普遍的に求められる力であるとされています。
幼児期から始めることで、お子さまの将来の可能性を大きく広げることができます。特別な教材や教室に通わなくても、家庭での日常生活の中で十分に育むことができるのです。
お子さまの「考える力」を信じて、一緒に楽しみながらプログラミング的思考を育んでいきませんか?きっと、お子さまの新たな一面を発見できるはずです。
参考文献・出典
- 文部科学省「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」
- 文部科学省「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」
- ベネッセ教育情報サイト「今さら聞けない小学校のプログラミング教育」
この記事が、お子さまの未来への第一歩となることを願っています。ぜひ、他の幼児教育に関する記事もご覧ください。